別れについて

 

最近改めて感じたことなんですが、本当にこの世は出会いと別れの連続ですね。

会うとか離れるとかいうことは、かりそめの偶然にしか過ぎませんが、全くの無意味という訳ではないようです。

実際、私の魂には去り行く人の骸が残されている、と思うことがあるし、私の魂がその人の記憶が刻まれている身体を生きている、という複雑さを感じることがあります。

その度に、どうしたらいいのか戸惑ってしまいますが、私には、祈るより他の選択がありません。どうしても人間以上のものを求めてしまいます。

 

「さようなら」という言葉の美しさ。

この五音に、人生の理解の全てが込められているように思われます。

「左様であるならば」という諦念の美。

それは、あっさりとした諦めではなく、密かに心の中でくすぶっている、もっと、ずっと、という思いを、懸命に抑えたところで辛うじてなされた諦めです。

さようなら。

この言葉に聴従したい。

そうやって、あらゆるものと別れて、全てを手放した時に、一体何が残るのか見てみたい。

ペトラルカの「凱旋」では最後に「永遠」が残った。

私には何も残らないかもしれない。

でも、それでもいいかな。